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前、中ノ島線が開業して新塗装の車両がたくさん運転されている京阪電車ですが10月運転された京阪が毎年秋に運転されているもみじエクスプレスですが、大変な事件がおきました。午前中運転された中ノ島発出町柳行きの臨時特急の8808号車(新塗装の2階建て車両)でミールワームという鳥のえさなどに使う2センチほどの幼虫がばら撒かれました。電車は清掃作業のため3分遅れてばら撒いた男は乗っていた鉄道警察に逮捕されました。京阪でこんな事件がおこったのでびっくりしました
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阪急京都線は、1921年に北大阪電鉄が十三〜千里山間を開通させた事から始まる。1925年には、淡路〜天神橋間が開通した。1928年11月までには、淡路〜高槻町(現 高槻市)〜西院(仮)と、嵐山線(桂〜嵐山)が開通した。
1930年、新京阪電車は、合併により、京阪電鉄新京阪線となり、翌年1931年、西院〜京阪京都(現 阪急大宮)まで開通、東京の上野〜浅草間に続き、日本で2番目、関西初の地下鉄道となった。 戦時中の1943年に、国策によって京阪電鉄と阪神急行電鉄が合併して、「京阪神急行電鉄」となり、1944年には、鉄材供出のため、嵐山線の下り線が撤去され、単線になった。 戦後の1949年、京阪が、分離する事になったが、採算が合わない事を理由に、新京阪線は阪急側に残った。これによって、阪急京都線になった。1963年には、長年の夢であった大宮〜河原町間の地下線が完成し、京都線が全通。1967年までには、千里山線の千里山〜北千里間が開通、千里山線は千里線となった。 1969年には、大阪市営地下鉄堺筋線(天神橋筋六丁目〜動物園前)の開通で、阪急との相互直通運転が開始され、今日の姿となった。 |
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自分がいつも使っている嵯峨野線は小学校の頃から使っているのだが
今となっては「ずいぶん変わっているなあ。」と思った。 オレンジと緑の二色の電車は113系というのだが、塗装が変更されて 都市圏色になりつつあったが、車両自体も入れ替えが進んでいた。 113系という懐かしみのある車両から221系という白が基調の車両に 入れ替えが進んでいる。というよりもうほとんど221系しか見なくなった。 221系はもともと東海道線の新快速用の車両だが、新しい車両に役目 を譲られつつあるのを嵯峨野線に持ってきたのだと思う。 |
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最近、ニコニコ動画を見ました。見たのは重大事故仮想VTRで221系や223系キハ120が事故を起こすCGで作られた動画です。ニコニコ動画のほかにもアメーバービジョンやユーチューブでもあるので見てくださいリアルです!!
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